提言3 正しいツールを正しく使う

本章では北海道大学が情報発信に採用したフォーマットについて検討した。本章の要点は以下の3点である。

PDFを減らす

PDFが多すぎる

今回の大学拠点接種の特設サイト「北海道大学新型コロナワクチン大学拠点接種(職域接種)のご案内」は7月12日に公開された。ワクチン接種を希望する全ての学生・職員はこのサイトの指示に従い、ワクチンを予約する必要がある。このサイトの特徴の一つとして、情報のほぼ全てが、サイトにPDFファイルへのリンクを貼る形で発信されたことが挙げられる。実際に、サイト公開時には11のPDFファイルが存在し、ワクチンの予約には7つのPDFファイルを開く必要があった。その後予約枠の空き状況や二回目接種時の注意事項に関する情報の更新の度に新たなファイルがアップロードされ、職域接種最終日までにPDFの数は21に増えた。

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北海道大学新型コロナワクチン大学拠点接種(職域接種)のご案内」より

PDFファイルに記述された情報を入手するには、ブラウジング中のページから離れてPDFファイルを開き、閲覧後にファイルを閉じてから遷移元のページへ戻る必要がある。このため、PDFが増えると受け取り手の手間も増える。

PDFは全てを解決しない

PDFはいつでもどこでも使用して良い万能フォーマットではない。PDFは印刷指向のフォーマットであり、印刷を必要としない情報の発信には向かない。A4縦のPDFはスマートフォンでの閲覧には小さく、横長のPCでは画面にフィットしない。また内容の割にファイルサイズが大きく、閲覧に時間がかかる。

ワクチン接種の様に重要な情報は誰もが利用しやすく、理解しやすいスタイルで発信する必要がある。つまり、アクセシビリティ(利用しやすさ)を考慮する必要がある。情報を発信するとき、受け取り手の環境や能力は一様ではなく、

  • スマートフォンから閲覧している
  • PCから閲覧している
  • 自宅にWi-Fiがなく、通信制限下でアクセスしている
  • 忙しくて時間がない
  • デバイスのスペックが低い
  • 老眼で小さい文字が読めない
  • 発達障害で長い文章を読むのが苦手
  • 視覚障害で読み上げ機能を日常的に使用する
  • 色覚特性で色分けがわかりにくい
  • 自宅にプリンターがない
  • 留学生で日本語も英語も得意でない

などの多様な背景が考えられる。情報発信の担当者は上記の属性一つひとつに対して「場合によっては命や健康に関わる重要な情報を21のPDFに分散して発信することは情報発信として適切か」を発信前に検討する必要がある。もし答えが否となる属性が一つでもあれば、情報発信形態を改善するべきである。

北海道大学がPDFを使用して発信している情報の多くは、PDFを使用する必要性・妥当性に乏しい。学生が求めているものはPDFではなく情報である。PDFで発信する必要のない情報にもA4縦PDFを用いることは、作成時・印刷時の都合しか考慮しておらず、どの属性の受け取り手にとっても使いにくい。

札幌市の取り組み

ここで他の組織が情報発信時にどのような配慮をしているか簡単に紹介する。札幌市は「札幌市公式ホームページガイドライン(概要版)1」で、PDFではなくHTMLにより情報を提供することを明記している。

PDFのみの情報提供は極力避け、通常のホームページ(html)により情報を提供します。

また、札幌市公式ホームページガイドライン(平成 29 年 12 月 1 日改訂)256ページには、PDFファイルによる情報提供を避ける事がその理由と共に掲載されている。

40.PDF ファイルのみによる情報提供はしない

PDFのみによる情報提供は避けましょう。重要な情報やPDF でなくても表現できる情報は、できるだけページの本文に記載するようにしましょう。

PDFは、申込書などの様式や、報告書、計画書などある程度まとまった文書を載せるときに使うもので、ページ作成の手間を省くためのものではありません。PDFを見るためには、閲覧用ソフトを起動させなければならず、利用者にとって煩わしいものです。

また、PDF を添付する際は、何のファイルで、どのくらいのサイズであるかを明記しましょう。ファイルサイズは、5MB までとしてください。

北海道大学のワクチンに関する情報発信の比較として、札幌市の「さっぽろ新型コロナウイルス・ワクチンNAVI3」を紹介しよう。ここにもPDFは存在するものの、その数は少なく、

  • 印刷の必要があるもの
  • 冊子形式のもの
  • 様式が指定されているもの

に限られている。少なくとも北海道大学のように「PDFを開かないとワクチンの予約方法がわからない」といったようなことはない。

ここまでPDFを多用する事から、日常の業務には欠かせないフォーマットであることは推察できる。またフォーマットの選定にあたり、様々な内部の都合があることも承知している。しかしながら内部の都合で学生に不便を強いるべきでなく、今後の改善を強く希望する。

一目でわかるように発信する

正しくタイトルをつける

適切なタイトリングは情報発信において重要度が高い。例えば、「先ほどの地震について」「札幌の天気について」といったタイトルのニュースは存在しないし、存在するべきでない。私たちが日常的に目にする見出しは「石狩地方で震度3の地震」「札幌の明日の天気は晴れ」といった風に情報の存在ではなく情報の内容を示している。

受け取り手が求めているものは情報の存在ではなく情報の内容である。下の例で伝えるべきは「職域接種が9/11と9/12で終了する」ことであり、「職域接種の最終日を記述したPDFが存在する」ことではない。タイトルは「ついて」で濁さず、完結する一文を用いるべきである。

【更新】新型コロナワクチン大学拠点接種二回目の最終日について [PDF]

【更新】新型コロナワクチン大学拠点接種は9/11・9/12で終了します [PDF]

正しくファイル名をつける

ファイルを開く前から内容がわかるようにする。これは今回の北海道大学の様に、ファイルを開く以外に情報を得る手段を提供していない場合は特に重要である。

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左:オリジナル 右:提言案

文章は短く

全ての人に長い文章を読む時間・環境・能力があるとは限らない。文章は要点を絞り、省略しても意味が通じるのであれば省略する。

大学拠点接種(職域接種)につきましては、6月7日に、本学におきましてもできるだけ早期に、学内を会場として、接種を希望する本学教職員・学生を対象にした大学拠点接種(職域接種)を開始することを目指す方針を決定した旨お知らせしているところですが、その後の進捗状況についてお知らせします。

大学拠点接種(職域接種)の進捗をお知らせします。

並列要素は箇条書きに

webの発信では一般的に文章よりも箇条書きの方がわかりやすい。

本学における新型コロナワクチン大学拠点接種(職域接種)につきましては, 7月17日(土)から開始しておりますが,接種2回目の日程は,残すところ9月11日(土),9月12日(日)の2日間のみとなっております。9月11日(土),9月12日(日)の両日ともまだ予約が可能な状況です。

大学拠点接種(職域接種)はあと2回で終了します。以下の日程で予約が可能です。

  • 9月11日(土曜日)
  • 9月12日(日曜日)

改善の為の仕組みを作る

ガイドラインを策定する

今回の職域接種における情報発信で見られたいくつかの欠陥はガイドラインを設けていれば防げたはずである。私達が調査した範囲では北海道大学にウェブアクセシビリティガイドラインは存在しなかった。仮に存在したとしても、今回の情報発信から察するに存在するだけで機能していないものと思われる。他の市町村等を参考にガイドラインを策定し、ガイドラインが実際の情報発信に反映される仕組みを作るべきである。

フィードバックを得る

情報について改善点を収集・検討し、発信していくのは発信者の責務である。フィードバックを積極的に得ない現状ではそもそも改善点を北海道大学が認識する手段が無い。学生・教職員の意見を集める窓口を設け、継続的にガイドラインに反映させる仕組みを作るべきである。

参考資料

北海道大学新型コロナワクチン大学拠点接種(職域接種)のご案内