提言2 見えない質問に答える

本章では北海道大学の情報発信の姿勢について検討した。本章の要点は以下の2点である。

根拠に基づいた発信をする

組織としてワクチン接種を進める上で、

  • ワクチンの予約手続き
  • ワクチンの有効性・安全性
  • ワクチン接種後のロードマップ

3点を同時に提示することが必要である。特に職域接種開始前の6月頃には若者がより接種に消極的である報告が国内外からなされていた。このため、大学における職域接種では予約手続きだけでなくワクチンの安全性・有効性を示すことが重要であった。実際に7月17日に寶金総長も同様の趣旨で発言1をされている。

接種はあくまでも自主的なものです。うたないとだめだ、うたないと対面授業が受けられない、ということはありません。もちろん、接種を実施する側としては、科学的エビデンスを示して皆さんに検討していただき、なるべく多くの人にうってほしいとは思ってはいます。

しかしながらこれまでの大学の情報発信は、6月7日の第一報以降、事務手続きのみで終止している。ワクチンの医学的な情報・ワクチン接種率を踏まえた北大の方針は一切発信されていない。科学的エビデンスに基づくワクチンの有用性は本来接種の責任元である大学が実施すべき発信内容であったと考える。

受け取り手の価値観に合わせる

大学からの情報発信では、学生一人ひとりが当事者である事を伝え、接種による学生個人の生活における変化を、エビデンスに基づくメリットを具体例を交えて明示するよう努めるべきである。今回の職域接種では大学がその立場を説明するばかりで、実際に接種する学生の視点に立った配慮が十分でない場面が見られた。例えば何故大学内で職域接種を行うのか、という疑問に対する説明は以下の様であった。

本学内においてワクチン接種を進めることは,地域における効率的な集団免疫確率を加速し,札幌市における感染抑制にも寄与するものであると考えております。

集団免疫の確立や札幌市の感染抑制は確かに重要な要素だが、それは北海道大学の事情であって、学生個人の立場からはスケールが壮大で説得力に欠ける。大学側は接種に伴うメリットを、札幌市や北海道大学など大規模な不特定多数の恩恵として伝えるのではなく、学生一人ひとりのそれとして読み手が容易に想像できる形にする必要があったと考える。学生にとっての接種のメリットの一つに大学生活における制限緩和があり、

  • 対面授業の比率の増加(特にオンライン比率の高い1年生)
  • 屋内施設の利用人数制限の緩和
  • 図書館や食堂・購買などの営業時間の延長、宿泊を伴う課外活動の許可
  • 学校の敷地を使って行うイベントの再開
    • 北大祭
    • 黄葉祭
    • 屋外の芝生の集団利用

などの内容を積極的に盛り込むと学生の接種行動によりつながったのではないだろうか。

これを踏まえて上記の文言を改めると以下の様になる。

免疫はワクチン接種後2週間で獲得されます。接種率にもよりますが、職域接種が完了し、学内で集団免疫が確立される10月ごろには各種の規制の緩和を検討します。緩和対象は対面授業・研究活動だけでなく部活動・イベントも含みます。

当時の状況を考慮すると、大学がここまで踏み込んだ発信をすることが困難であることは想像できる。しかしながら、どのような形であれワクチン接種案内とワクチン接種の結果を同時に提示し、納得と同意を得ようとする姿勢は示す必要があったと思われる。

実際に接種する学生への配慮が十分でない場面は他にも見られた。

ワクチン接種はあくまでも希望者に対して行うものであり,ワクチン接種を義務化したり,接種していない者が不利益を受けることは一切ありません。

ワクチン接種は義務ではないため、接種をしない学生に対する配慮は必要である。しかし、接種する学生の方が多くなることを見込んでいるのであれば、接種したことによるデメリットにも同時に配慮を示すべきである。

ワクチン接種はあくまでも希望者に対して行うものであり,ワクチン接種を義務化したり、接種していない者が不利益を受けることは一切ありません。

ワクチン接種後の副反応で授業や試験に支障が出た場合は学生が不利益を被らないように配慮します。

特に1回目の接種が行われた7月中旬~8月上旬は多くの学生にとって試験期間であり、副反応の試験へ及ぼす影響が接種意欲の妨げになった可能性がある。これについて大学側からの公式な案内は無く、各自が担当の教員や研究室に問い合わせて願い出るしかなかったのが実情である。

一定の確率で副反応が出ることを前提とし、

  • 授業を欠席した場合に出席扱いにする
  • 試験を受けられなかった場合に別日程での再試を受けられるようにする

などワクチンを接種した学生が不利益を被らないよう配慮する姿勢を大学が示すことは、学生にとって決して無意味ではない。大学が公式に案内すれば、学生が担当教員と相談する際にひとつの基準として機能するはずである。この点は学生対策班とタスクフォースの議論の中でも提案させて頂き、実際に大学側が欠席の扱いについて公式に通知することになった。

ワクチン打つなら休業してもいいみたいな企業がある例に習って、ワクチン打つ時間のコマは授業休んでも成績に影響しないとか、次の日は休んでもいい、ってくらいはしても打たない人との間に不平等は発生しないのではないかと思いました。医学科5年は、病院実習しながらだったので「ワクチン打ちます」と言ったらすんなり休めたし、「ワクチンで体調悪いです」って言ったら、「それは大変だね」くらいで融通が効いたので、「打つ」という選択をすることによって不利益を被らないようにすることが必要ではないかと思いました。あとは、欠席するにもまたその申請が面倒だと、よくないので、サラっと公欠にするみたいな方法はないのだろうかと思いました。

しかしながらその回数は他のトピックに関する通知と比べて少なく、他の情報が更新されるに従って存在感が低下していったのも事実である。予約空き状況などの通知も事務的通知にとどまっており、欠席に配慮することも合わせて通知するなど、接種を促す呼びかけが見られなかったのは残念である。

この報告書を作成している時点で既に3回目のワクチン接種が話題に上がっている。仮に大学単位での職域接種が同様に実施された場合においても、学生に対して根拠と配慮に基づき

  • ブースター効果の医学的有用性
  • 追加接種によって対面授業や実習・部活動の活動水準を維持できる事
  • 副反応で損をしない保証

などの情報を盛り込むことが重要であると考える。

規制の緩和や副反応によるデメリットの解消など、「学生が考える学生にとってのメリット」は大学から認識しにくく、案内しづらいことは理解できる。ワクチン関連に限らず、「学生の声や視点」を集める仕組みを整備し、情報発信に反映させていくことが今後の北海道大学に必要ではないだろうか。